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はむつなブログ

日々感じたこと、考えたことなど書いていきたいです。

荒野のチキンラーメン

久しぶりに、チキンラーメンを食べる。

カップ麺ではなく袋麺。
ラーメンどんぶりでも手軽に作れるのだが、なんとなく鍋に火をかけ、湯を張って作る。ネギを刻み、卵を割り入れる。
チキンラーメンの最大の特徴といえば、具なし。かやくも、粉末スープも入っていない。が、今回見慣れない小袋が入っていた。

ひよこのナルト。

パッケージを読むと、今年の干支が酉ということで、期間限定のものらしい。
あのおなじみのひよこちゃんの顔。ぺらぺらのひよこナルトが、5枚入っている。小袋には申し訳程度に乾燥ネギも入っている。
透き通ったスープにプカプカ浮かぶネギとひよこ。ひよこちゃん

かわいい。かわいすぎる。

なぜかしら。
イラッとする。癇に障る。

媚び。
媚びたひよこ。

孤高の具なしチキンラーメン。世界初のインスタントラーメン。
チキンラーメン生みの親、日清創業者、安藤百福氏。たった一人寝る間も惜しんで研究を重ね、思考錯誤を繰り返し、死に物狂いで開発に取り組んだ男。この世にチキンラーメンを生みだした男。インスタントラーメンの偉大なる父。
今は亡き氏が、この媚びたひよこの件を果たして許しただろうか。

たぶん許した。

酉年ひよこナルト。
結構なことじゃないか。
ケチな女の戯言である。ざれごと。
乾燥ネギが入っていることに気づかず、わざわざネギを切った手間を悔やんだ、ケチな女の戯言。たわごと。ひよこに罪はない。日清様にも。

そんなことはどうでもいい。
それより、チキンラーメンの袋を開け、麵を取り出した時にいつも感じることがある。
あの独特の麺の色。スープというか、味を染み込ませているのだから当然だが、他の即席麺の白っぽい色とはかけ離れている。赤土色というか。もはや、「チキン色」としか表現できないアノ色。
昭和のあせた西日のような、あの色。大衆的でいて、不穏な色。荒野。そう、荒野の色。乾燥した荒地。寂寥感ただよう大地。まだ見ぬ荒野。西部。テキサス。モニュメントバレー。馬にまたがる日に焼けたガンマン。男の帰りを待つ女たち。影のある男と影のある女。影を作りだしているのは、地平線に沈むあの夕日なのか。それとも・・・。

私は荒野って言いたいだけなのかもしれない。


ところで、コーヤコーヤ星をご存知だろうか。ここからが本題。
知らない人はここから読まなくてもいい。
ピンときた方はできれば読んで頂きたい。

大長編ドラえもん Vol.2 のび太の宇宙開拓史/藤子F不二雄

名作である。
映画版ではなく、原作漫画で話を進めたい。(原作漫画と映画では細かい部分やアレンジが違ったりするらしい。)
のび太の部屋と何万光年も離れた遠い星、コーヤコーヤ星(最初は宇宙船)が偶然つながるところから始まる冒険の物語である。

「名作」と偉そうに断言したが、私はこれまで長い間、いや白状すると、チキンラーメンからコーヤコーヤ星を連想するまで、この作品を好んではいなかった。ハマってなかった。
他の大長編シリーズと比べて物足りなさを感じていた。作品の「色」に、男女で好みが分かれるという事も勿論あるだろう。 それ以前に何というか、地味でゆるいというか、ショボい、迷作だとおもっていた。原作漫画の表紙。つくねのような象のような、あの間抜けな生き物。大長編のハラハラ・ドキドキ感が一切感じられない表紙。他のシリーズと比べて浮いている。この感じこそがこの本の印象を一番に表しているものだった。もはやそこがツボというか、私の中で不思議なおかしな位置付けだった。

チキンラーメンを食べながら、この漫画のストーリーを思い出す。ふと、引っかかることがあって久しぶりに読み返した。
宇宙開拓史。すごい。おもしろい。つらい。

大長編ドラえもん Vol.10 のび太とアニマル惑星(プラネット)

設定やストーリーが似たところがあるのだが、こちらの方が内容も豪華、盛りだくさん。エンターテイメントとしてバランスよく作り込まれている。
宇宙開拓史からアニマルまで約10年経っているので、もちろん後者のほうが洗練されるというのはわかる。宇宙開拓史は実際、読み返してみると、ツッコみどころ満載というか、スキだらけなのである。色々と。ゲストのマスコットキャラが微妙にかわいくないとか。それだけじゃないけど。ほんとに。(不思議なことにこのキャラ、後々ハマる。カワイイ。でも時々、柳沢慎吾に見える。)
それでも、ストーリーや設定は言うまでもなく、のび太や登場人物たちの心情など、シンプルかつよくできている。洗練されていないからこそ、そこが際立って逆にグッとくる部分があるというか。味がある。
ところで、子供の頃って大長編の話の流れや意味をほとんど理解できていなかったように思う。それでも十分、楽しかったのだが。大長編は内容がとにかく知的すぎる。
ついでに、大長編どこまでアリとするのか問題。世代的なものもあると思うのだが、私はブリキの迷宮あたりかなと思うのだが、ギリギリ。うーん、難しい。


話を戻す。宇宙開拓史。
大長編ドラの最大の魅力は日常からの非日常、冒険である。

コーヤコーヤ星の荒涼とした大地を描いた見開きぺージがある。ここに、のび太の部屋がつながっているという設定。これが何より一番の魅力だろう。
もう、ため息のでるような設定。素晴らしすぎる。今更ながら、大人ながら、かなりくすぐられる。しかも畳の下。絵で見たら本当にたまらない。見事。夢しかない。
恐ろしいことに、これって「Twitter」なのである。
何をおっしゃる、今さらとの声もあるだろう。もちろん広く「インターネット」といっても差し支えないのだが、やはり「Twitter」でないといけない。私はツイッターを始めておよそ1か月のビギナーなので、余計にそう感じるのかもしれない。手放しで素晴らしいものとは言えないが(説明すると長くなる。非常に、ホントに、まったく…。)これだけ普及してるだけあって、人を夢中にさせるツールであることは間違いないし、実際楽しい。


無数のアカウントは、コーヤコーヤ星および何億光年はなれた無数の星たちである。小さな端末から見知らぬ世界、見知らぬどこかの人々とつながる。のび太のように。畳の下からコーヤコーヤへ。あれを体感しているのだ。
現実の誰かではなく、匿名の誰かの存在を意識する。意識的であれ、時に偶然に、見知らぬ人とつながる。それは時空を超えなくとも、あれほどロマンあふれるものでなくとも、運命的とさえ云える。縁。言葉を交わすとか、フォローし合うとか、いいねでもなく、もはや何を持ってつながるというのかはわからないけれど。

アカウントの星に暮らす宇宙人たち。
日々、言葉を更新する宇宙人たち。
私はどこかの星の宇宙人の交信を受け取る。
その事実。

憧れたあのドラえもんの世界、ファンタジーを今現実に味わっている。
巧いこと言いたいとかでなく、自分で気づいて本当に驚いたのである。ツイッターとコーヤコーヤ星。そして怖くなったのである。
もはや、宇宙人は生身の人間でなく、非リアルの世界の中の「キャラクター」でしかない、ということではない。現実世界を大事にしろという、説教がましい戒めの意味でもなくて。どちらも切っても切り離せないファクターだとは思うのだが。

只々、せつなくなったのである。
愛しい宇宙人たちが。
今もどこかで星(アカウント)が誕生し、死んでいく。星が消えても、宇宙人はあちらで存在していく。

 刹那。

それを踏まえてこの漫画を読むと、つらい。ただでさえ素晴らしいあのラスト。しんとして、ぞっとする。読んだ方ならお分かりになると思うのだが。
儚く、ざんこく。超名作。 いや、本当に。夜中に大人が真剣に読むものではない。かなり、くる。気持ちがふさぐ。

読んだことない方は是非一度、読んだことある方も今一度、あらためて、オススメしたい。のび太の宇宙開拓史、原作漫画で。

「ふさがっちゃうぞ。」


思いのほか、うろたえてしまったので、とにかく楽しいことを考えよう。

週末には彼とひよこ入りチキンラーメンを食べながら、一緒にドラえもんDVDを見よう。もちろん、新ドラでなく旧ドラです。映画版宇宙開拓史、そういえば見たことなかったかも。いい大人がコタツに入って、二人でしけたラーメンすすりながら、昔のアニメを見る。あーだこーだ言う。笑う。
デザートはアイス。ハーゲンダッツ
最高じゃないか。ぜったい楽しい。たまらない。たのしみ。


ケチな女の戯言である。


うわごとである。



最後にもうひとつだけ、無駄話。

昔、「小学〇年生」とか「科学」と「学習」のような雑誌のなかでドラえもんのび太が、日清の安藤百福社長にインスタントラーメン誕生までの話をインタビューして紹介する、みたいなページが本当にあった。ああいうのは多分、藤子不二雄が書いたものではないのだろうけど。その辺詳しくないのでちょっと、うまく書けないのだが。あれ、大好きだったのだけれど、だれか覚えている方はいないだろうか。

すみません、もうひとつだけ。

今回タイトルを「荒野のチキンラーメン」としたのだが、ネットで検索したら「荒野のラーメン」という粋な屋号のラーメン店が出てきた。浜松あたりにあるらしい。その名にふさわしく、豪快で男らしいスタミナあふれるラーメンの画像が出てきた。まったく、夜中に見るもんじゃない。

大長編ドラえもん (Vol.2)  のび太の宇宙開拓史(てんとう虫コミックス)
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