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はむつなブログ

日々感じたこと、考えたことなど書いていきたいです。

春の狂気 映画「櫻の園 1990」 

櫻の園【HDリマスター版】 [DVD]


3月。気温のゆるみにほっとする。もうあの寒さはやってこないのだ、と春の訪れを喜ぶ。が、そんな歓迎されるべき季節、特に3月という時間にひどく感傷的になる。難しい言葉を使いたくないので「おセンチ」と言おう。誰もがかつて、この時期に別れを経験する。させられる。これまでの生活とこれまでの自分からの別れ。区切り。3月というのは学校を卒業し、次の居場所までのそのあいだの月。どこにも拘束されていない身。証明できない期間。希望と焦り。その心もとない、ふわふわした状態を体が覚えているからだろう。まぶしい季節のどうしようもない憂い。春の狂気。わざわざ誰も口に出さないけれど、誰もがそう感じているのだと思いたい。

前置きが長いけど、ここから。
今の季節にぴったりの映画。あらすじとかは具体的には書きません。

櫻の園 1990年公開映画

洋画・邦画たくさんある中、また見たくなる作品というものは少ない。大抵は一度見ておしまい。「櫻の園」は何年かに一度、今くらいの季節に見たくなる。

原作は吉田秋生の漫画である。漫画の内容に沿っている所もあるけれど、まったく別物として楽しめる。少女と大人の間の不確かな時間を切り取った青春映画とでも言っておこう。大人になって学生生活を舞台にした映画やドラマを見ると、その青臭さに戸惑ったり、かけ離れたような素敵すぎる設定・展開に尻込みすることがある。この映画に関しては過ぎた季節を懐かしく感じつつ、どこかの誰かの青春の日をのぞいているような気分になる。そして客観的に眺めているようでいて、学生時代に感じる普遍的な気持ちや感覚に自分を重ね合わせて見てしまう。
映画でも小説でも「考えさせられる作品」というものがある。この櫻の園という映画は間違いなく「感じさせられる作品」だ。

私がこの映画を初めて見たのは高校生くらいの頃(だと思う)。深夜にテレビで放送されていたのをたまたま目にした。意識して最初からしっかり見ていたわけではないので、当時はあらすじをつかめていなかった。けれど「何だこの映画は…。」と強烈に感じた事を今もはっきりと覚えている。映画の中に漂う独特の雰囲気。これって…見てもいいのかな、見てはいけない世界を見てしまったという感触。あの感覚が忘れられず、数年後レンタルして改めて鑑賞した。そして、ますます惹かれた。決して過激な描写がある作品ではない。静かな色気と清潔さにあふれた作品。出演する俳優が時代的に微妙に馴染みがないからこそ入り込めるというのも大きい。

女子高が舞台なのだが、女生徒たちの描写がとにかくイイ。いろんな種類の人間の個性や性格、心情をこれでもかと鮮やかにみせている。それぞれの女生徒たちのどこか演じているかのような絶妙な台詞や立ち振る舞い。(もちろん俳優が実際演じているのだが。)それが、ものすごくリアリティがある。私が、誰もが、これまでに出会った人間をみているかのような気分になる。

メインキャストの生徒が何人かいるのだが、不思議なことにその他大勢の生徒達をもはや脇役だと感じない。主人公がいれば、主人公の人間性・行動・生き方等がクローズアップされ、当然ながら主人公の物語を見ている気分になる。その他大勢の脇役はあくまで装置としての人物でしかない。だけれど、この映画の中ではその他大勢の脇役でありながらも、それぞれが人格をもったそれぞれの人生においての主人公であることを改めて意識させられる。

「毎年美しく咲き乱れる桜は同じに見えるけれど同じではない。」

学校というものの残酷さ。それは生徒は必ず卒業していくということ。入れ替わりであり、繰り返されるもの。うつくしく、かけがえのない日々だったという若き日々への郷愁ではない。あの時の生徒たちはもういない。あの空間にいた、その時間というものはもう存在しない。誰にも変えることができない事実。時間の摂理。

春という季節の持つ狂気。それを淡々と描いたかのようなこの作品。素晴らしい。